【9】記憶術「関連付け法」
ぜんかいのおはなし:
脳に届く情報は、RASさん(網様体賦活系)によって最小化されている。
RASさんのお仕事は脳の負担を最小化することなので、「昨日まで大事でなかった情報」はちょっとやそっとでは通してくれない。これが人間が変われない最大の理由のひとつとなっている。
だが、そこには裏道もまた存在する。
合言葉は、「強い感情」である。
面白い、悲しい、辛い、気持ち悪い、気持ちいい。
強い感情は俗に「記憶術」と呼ばれる一連の体系には欠かせない技術である。
記憶術は、どんなに興味のわかない事柄でも一瞬で記憶するための技術だ。
「つまらないこと」はRASさんが問答無用で弾いてしまう。
ので、そこには当然コツがある。
興味のわかないことをRASさんに通してもらうためのコツは3つ。
1.その情報をカラフルにイメージすること。
2.動画にすること。脳のなかでアニメみたいに動かすのだ。
3.できるだけ強い感情を結びつけること。
記憶術における感情の威力のすさまじさを体感してもらうために、実際にやってみよう。これは先日のオフ会でも紹介した「関連付け法」と呼ばれる記憶術である。
いまから以下の20この単語を脳に覚えてもらう。
1.電話
2.ソーセージ
3.さる
4.ボタン
5.本
6.レタス
7.ガラス
8.ねずみ
9.おなか
10.段ボール
11.フェリー
12.クリスマス
13.アスリート
14.鍵
15.家
16.赤ちゃん
17.キウィフルーツ
18.ベッド
19.はけ(刷毛)
20.くるみ
どうだろうか?
特に単語にも並びにも意味がないこの20こを完璧に覚えるのに、何分かかるだろうか?5分?10分?20分?
チャレンジしていただいてもかまわないが、もっと簡単に、以下の望月の文章を一読するだけですらすらいえるようになると思うので、あまり気張らずに下の文章を読み進めてみてほしい。
1.友達がバッグからとりだしたケータイが太いソーセージにしか見えない。耳に当ててべつの友だちと電話をしているのだが、さっき焼いたばかりなのか肉汁がてかてかに光っていて、友達の髪や耳が油まみれだ。電話をし終えた友達は、なんの躊躇もなく極太ソーセージをふたつに折り、「食べる?」とあなたに差し出す。差し出されたソーセージにからまっている、友達のであろう長めの髪の毛がちょっとだけ気持ち悪い。
2.動物園から逃げ出したサルが集団でスーパーの精肉コーナーを襲い、すべてのソーセージを奪っていった、というニュースがテレビで流れている。各地では同様の被害が広がっているらしく、なぜ精肉コーナーに群がり、しかもソーセージだけを奪っていくのか専門家による検証が急がれる、とニュースは言っている。
3.あなたは3匹のサルを飼っていて、最近では朝に着たい服をはおるだけで、あとはこのサルたちが上から下まですべてのボタンを留めてくれるという芸を仕込むことに成功した。3匹のサルたちがキーキーと服にぶらさがってボタンを留めてくれるおかげで、もうボタンは留めなくてもよいのだが、おろしたての服が早くもしわくちゃである。
4.あなたは『ボタン全集』という本を買った。古今東西すべてのボタンについての情報が詰まったボタン好きにはたまらない一冊なのだが、1ページ1ページがすべてボタンで留まっていてめくるたびにいちいちボタンをはずさなければならない。しかも硬くて、10ページもめくらないうちに指先が痛くなっている。
5.すえたにおいが自分の部屋に入ったとたんにすると思ったら、だれがやったのか、本棚のすべての本の1ページ1ページに腐ったレタスがはさんである。レタスは黒々と腐りきって糸を引いており、もう本棚ごと捨てたいくらいである。レタスをいちまい引き抜くと、切れて床にレタスだったものがべちゃっと落ち、黒い汁が足にはねる。鳥肌が立つ。
6.ガラスでできたレタスという装飾品が売っていたので、興味本位で持ち上げてみようとするが持ち上がらないくらい重い。店員さんが飛んできて、指紋のべったりついたガラスのレタスはもう売れないから130万円で買い取ってくれという。値段をきいた瞬間、あなたはどうしたら店員の目を盗んで少し離れた自動ドアから逃走できるか冷や汗をかきながら考え始める。
7.ワイン好きなあなたは、さっきから飲んでいるボトルワインの中身の減りが早いことをいぶかしんでガラスに亀裂でも入っているんじゃないかとボトルを持ち上げて悲鳴をあげる。ボトルの底にネズミが沈んでいるではないか! ワイン漬けになっているネズミは相当酔っぱらっていて、風呂にでも入っているように口をあけていびきをかいて寝ている。
8.あなたは手術によっておなかに大砲をとりつけられ、このへそ大砲からはネズミを発射することができる。人間兵器になってしまったことに絶望していたあなただったが、世界の危機にへそ大砲をふりかざして立ち向かう。あなたの最近の悩みは、おなかから匂ってくるいつまでもとれないネズミ臭さである。
9.浮浪者が段ボールをおなかに巻いているのだが、巻きすぎて道路をふさいでいる。あなたはきついにおいのせいで彼にできるだけ近づきたくないのだが、道路を通るためにホームレスのおじいさんに段ボールを脱いでもらえないかとお願いする。おじいさんはこのファッションに相当なこだわりがあるらしく、絶対に嫌だと主張してくる。なにかいうたびに飛ばすつばをかけられまいと、あなたはじりじり後退せざるをえない。
10.巨大なフェリーが段ボールでできている。段ボールでできているせいでどんどん海に沈んでいくのだが、そこに乗る多くの乗客はパニックになって我先にと救命ボートを奪い合っている。が、彼らは救命ボートもまた段ボールでできていることにいまだ気づいていない。
11.クリスマスツリーのうえに巨大なフェリーが乗っかっている。クリスマスツリーの飾りつけを任されたあなたはいつあの鉄の塊が自分たちごとクリスマスツリーを押しつぶすのか気が気でないのだが、いっしょに飾り付けている友達はなぜかそれに気づかない。ときおり聞こえるギギギギというとても重いものが傾くような鈍い音があなたの心臓を跳ねさせる。
12.クリスマス会の余興で、オリンピックで活躍したトップアスリートとほかの出席者たちが1500メートル走のタイムを競うことになった。陸上トラックにはクリスマスらしく雪が30センチも積もっており、足が凍りそうなほど冷たいやら疲れるやらであなたはぜいぜいいいながら走っている。トップに立っているのはなぜかあなたのおばあちゃんで、アスリートが必死の形相で雪をかきわけて後を追うなか、おばあちゃんは高笑いで引き離しにかかっている。
13.アスリートが世界大会で優勝し、純金のカギを渡されている。勝利の余韻を笑顔で表現しようとするが、アスリートの腕の中の純金のカギはあまりにも重くしかも自転車くらいの大きさで、アスリートはそれを掲げて落とさないようにするので精一杯である。
14.あなたの膀胱は爆発寸前だ。家のドアのまえで、あなたは襲い来る尿意に悶絶しながら家のカギを探しているが、ない。持ち物をすべてひっくりかえし、身をくねらせながら地べたにはいつくばってカギを探すが、ないものはない。
15.小さい家いっぱいに、巨大な赤ちゃんがひとり詰め込まれている。赤ちゃんは眠っているのか、その赤ん坊らしくない地鳴りのようないびきに合わせて小さな家が膨らんだりしぼんだりしている。
16.赤ちゃんを抱いたお母さんが、スーパーの試食係さんにもらったキウイを赤ちゃんに食べさせている。赤ちゃんはスライスされたキウイを手でつかんで食べるが、口いっぱいにほおばったところでスーパーの床に吐き散らかしている。お母さんの足元は吐き戻された緑色の液体にまみれている。赤ちゃんはまだ足りないらしくお母さんにキウイをせがみ、お母さんに「もうひとついいかしら?」といわれた試食係のお姉さんは店長が来る前に床を先に拭くべきか迷いながらもつまようじに刺したキウイをまたひとつ差し出している。
17.キウイフルーツがベッドでふとんをかけられて寝ている。あなたは布団の上からキウイをとんとん叩いて寝かしつけながら、『小さなキウイちゃん』という絵本を読み聞かせて添い寝をしてあげている。
18.ベッドが不要になったが、入り口がせまくて物理的に部屋の外に出せない。苛立ったあなたはなにを思ったかペンキとはけを取り出して、ベッドをまるまる壁紙の色のペンキで塗りつぶそうとする。それでもあなたは頭のどこかで、今夜はペンキがかちんこちんに固まったベッドに横たわって寝ざるをえないことを予感している。
19.くるみを割る適当な道具がなかったので、あなたは刷毛の持ち手の部分で割ろうとする。テーブルにくるみをおいて、木でできた柄の部分でがんがん叩くのだが、一向に割れない。振りかざした刷毛の柄があやまってあなたの左手の指を直撃してしまい、あなたは左手の指が折れていないか確認しようとするが、腫れあがった指を動かすその痛みに悶絶する。
さて、ここまで読んでいただいたところで、先ほどの20この単語リストを頭から暗唱してみよう。さいしょは?その次は?
調子が良ければ、最初から最後まで通して暗唱できるはずだ。
どこかで躓いた人は、どこかのイメージがうまくつながっていないので、そこを確認してもう一度チャレンジしていただいてもかまわない。
最後まで暗唱できた人は、ぜひ最後の単語から最初まで逆順で暗唱してみよう。これもすらすら出てくると思う。
断わっておくが、この単語リストにはとくに意味はない。
ダレン・ブラウン『メンタリズムの罠』からそっくり拝借したものだ。
単語リストはオリジナルで作ってみても面白いと思う。
大事なのは、なぜふつうに覚えようとしたらRASさんの妨害を真正面から受けるであろう20こもの単語リストを、ほとんど覚えようともしていないのに、1回文章を通して読んだだけで覚えられたのか、ということである。
記憶術には上のような「関連付け法」だけでなく、いろんな種類がある。
しかし、そのすべてに共通するのは、なんの役にも立たない単語リストをRASさんに「重要な情報」であると誤認してもらうための仕掛けがあるということだ。
その仕掛けのひとつは、間違いなく記憶と感情の結びつきなのである。
これは逆も言える。
僕らは強い感情と結びついた記憶を何度も再生し、無意識に忘れないようにしている。
それがどんなに辛い記憶であったとしてもだ。
任意の記憶と感情を強く結びつけて何度も繰り返させること、場合によってはそれをほどくお手伝いをすること。これが、コーチング技術の中核をなしている。
本日の参考図書
ダレン・ブラウン著 メンタリストDaiGo訳『メンタリズムの罠』扶桑社