【11】海馬と偏桃体
ぜんぜんかいのおはなし:
ある体験や情報を記憶するのにもっとも効率の良い方法は、その体験や情報に強い感情を結びつけることである。RASさんは情報に激しい感情が結び付いている場合、無条件で生死にかかわる情報と判断し顔パスしてくれる。
また自分の頭のなかを覗いてみよう。
僕らはどのようにモノを覚えているのだろう?
RASさんに通された僕らの記憶を保管しているのが海馬である。
自分の頭にカチューシャをつけてみよう。それがそのまま小さくなって頭にずぶずぶと沈んでいって、頭の真ん中あたりに来たものが海馬だと考えてくれればよい。歪曲した変な形をしている。カチューシャが脳のなかにあったら痛そうだ。
よく知られているように、海馬は記憶を2週間ほど貯めておける。
2週間まったく同じ記憶を使わないと、海馬はもう思い出さなくてもよいものと判断して、その記憶をタンスの奥にしまいこんでしまうので、つぎ思い出そうとするともはやどこにしまったかがわからなくなり、思い出せなくなってしまう。
もし2週間以内に複数回思い出すことがあれば、海馬は大脳皮質に情報を送る際に「よく使うようのタンスにつるしておいてください」とタグをつけてくれるので、大事な情報は大脳皮質で長期記憶化されることとなる。
さて、海馬カチューシャの両端に、どんぐりのような飾りがついている。
カチューシャが頭についていたら、耳のあたりにどんぐりがあるイメージだ。左右にひとつずつついている。このどんぐりもいっしょに頭に沈めていこう。ずぶずぶ。
どんぐりは偏桃体という名前で呼ばれている。偏桃体は、感情をつかさどる部位だ。感情が大きく動くと左右のどんぐりが発火し、体験に感情的な意味づけをする。
ここに偏桃体を手術によって取り除いてしまった男がいたとする。
偏桃体の役割がよくわかっていなかた時代に実際にあった話だが、男は、手術後、新しいことがまったく覚えられなくなっていた。人生という時計の針があるとき止まってしまったこの男は、それからの人生を「毎日、夢から覚めるようだ」と述べている。
感情がない人間は物事が覚えられない。
もう少し正確に言えば、感情的な色のない記憶は原理的に覚えられない。すべてRASさんがシャットアウトしてしまうのだ。
ある体験を記憶するためには、質か量か、どちらかが必要だ。
「質」は、その体験が絶対に忘れられないほど衝撃的であること。
「量」は、記憶の反芻が脳に焼き付けられるまで繰り返されること。
人生の目標を考えるとき、記憶の原理を理解することはとても大切である。
僕らは、人生で手に入るのは「望んだもの」であると思っているが、これは違う。
僕らが手にするのは、「手に入るだろうと期待したもの」だ。
そしてなにが手に入るかは、手を伸ばせば届くところになにがあるかによる。
これまで見てきたように、僕らの世界は昨日までの記憶から成り立っている。
昨日までに自分の感情を揺さぶってきたもので僕らの世界はできている。
これまで見たこともないものを手に入れようと思ったら、どうすればよいだろう?
人間は、見たこともないものは認知することができない。
ならば、「見た」ことにするしかない。
記憶を改竄し、未来の記憶をでっちあげてしまうのだ。